クラクフ旅行紀(後編)アウシュビッツ2号ビルケナウ収容所

こんにちは、オランダ・ベルギーのツアーガイドのしんちゃんです。2018年から個人ブログに書いていった内容をアップデートしつつ、ハッピーツアーの公式ページに移行していくこととなりました。今回は2019年1月にポーランドのクラクフ旅行の内容(後編)になっています。前編はこちらをご覧ください。

クラクフ旅行紀(後編)

アウシュビッツ2号ビルケナウ収容所

前回ブログに書いた内容はアウシュビッツ本収容所の様子ですが、今回はそれより広く収容されていた人数も多いアウシュビッツ・ビルケナウ収容所の様子を写真とともにお話していきます。

アウシュビッツ・ビルケナウ収容所は9万人前後を収容していた時期もある最大の収容施設で、1941年に本収容所のあるオシフェンチム市の隣、ブジェジンカ村に作られた強制収容所です。総面積は1.75平方キロメートルと、なんと東京ドーム37個分にも相当するとのこと。

広大な土地の様子が分かる写真(レンガ作りのバラック)

収容施設は300ほどあり、その一つ一つには数多くのユダヤ人たちが収容されていたそうです。そのうちの一つの内部を見学することができましたが、内部は暗く、夏場は害虫でいっぱい、冬は凍えるような寒さになるとのこと。

寝室の様子:この中に大量のユダヤ人が詰め込められ、眠った。食事は腐った野菜やわずかなパン、まずいコーヒーなどが与えられ、彼らは常に空腹であったという
寝室の内部の様子

アウシュビッツのガイドツアーに参加して最も上手く撮れた写真は以下。ビルケナウ強制収容所の内部まで続いている線路で、この収容所が終点となる。恐ろしい線路が非常に美しく撮影できた。

この線路の終点の目と鼻の先にはガス室があり「働くことができない」と判断された人々はそのままガス室に送られた。「皆さん、まずはシャワーを浴びてください。」と人々は部屋に運ばれ、そのまま死に至った。

雪の線路(美しい写真が撮影できた)
これにユダヤ人達が詰め込まれて、運ばれてきた。
ガス室に送られる人々;写真のタイトルは「On the way to death(死への道)」
ガス室跡地:この強制収容所には6つのガス室があり、ドイツの敗戦が決まった際に全てダイナマイトで爆破させてしまったとのこと。証拠隠滅をはかる狙いがあった。

前回、今回とアウシュビッツ強制収容所のツアーに参加した様子をブログに書いてきた。目の前に広がる人種差別と虐殺の痕に目を背けたくなる瞬間は多々あったけど、これを目の当たりにし、肌で実感できたことこそが僕の人生の財産になったと思います。ここで学んだことを僕のツアーに参加してくれるお客様や、また家族や友人にも伝えていきたい。

そして何より、ここで起きたことを歴史として伝えるだけではなく、現在の身の回りで起きていることとどう関連づけられるのか、これを伝えることが最も重要なことであると実感しました。

それにしても、寒かった。。。

クラクフ・ゲットー

アムステルダムのワーテルロー広場周辺、ベルギー、アントワープのダイヤモンド地区などと同じように、このクラクフという街にもカジミェシュというユダヤ人居住地区があります。このユダヤ人居住地区カジミェシュの一部「ポドゥグージェ」は、第二次世界大戦中にクラクフ・ゲットーと呼ばれ、1941年には外界との接触を断つ大きな壁が周囲に建設されたと言われています。ゲットーとなる前には3,000人ほどしか住んでいなかったエリアに、約15,000人のユダヤ人たちが押し込められたそう。

このような壁が作られた
ゲットーから輸送される人々

このゲットーといえばスティーブン・スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」という映画の舞台となっていることで非常に有名です。映画の主人公であるオスカー・シンドラーは実在した人物で、第二次世界大戦中にナチス党員であったにも関わらず、約1,200人ものユダヤ人を救ったとされています。

オスカー・シンドラー(右)とユダヤ系の会計士イツァーク・シュテルン(左)

なるべく多くのユダヤ人達を自身の経営する工場で働かせ、かくまった。そんなシンドラーの工場が、このクラクフのカジミェシュ地区に今も残っているのです。

シンドラーの工場(現在は博物館となっている)

現在は博物館になっているので、実際の工場の様子などは見られないけど、シンドラーに関する話や当時この工場で働き生き残ったユダヤ人達の、シンドラーに対する想いなどを聞くことができる場所になっています。

アルミの資材を製造する工場

このクラクフに来る前に繰り返しシンドラーのリストを見ていた僕としては、この工場も必見のスポットでした。

映画の中でシンドラーは以下のように言っています。

「なぜ僕は、この高級な車を売ってお金にしなかったのだろう。そのお金で、10人の人々を救うことができただろう。なぜ僕は、この金でできたピンを売らなかったのだろう。もう2人 、救うことができただろうに(シンドラーのリストよりしんちゃん翻訳)。」

最後に

今回の旅のテーマはアウシュビッツ強制収容所、およびそれにまつわる周辺の見学でした。このような「テーマを持った旅行」を今後も繰り返し行っていきたいと思っています。旅行すると視野が拡がり、今まで知ることのなかった新たな発見があるし、物知りになればいいってものでもないけど、「知らないことを知りたい」という追求をやめてはいけないと思う。

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